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どちらかと言えばキャメロン・ディアスは苦手なタイプ。
トム・クルーズの『ヴァニラスカイ』のようなシリアスな作品中でも添え物としか見えず、この映画もラブコメディに毛の生えた程度のものかと思いました。
ところが予想とは全く違った作品でした。

タイトルも英語のニュアンスを伝えるのが難しいタイプ。
さぞや配給元も悩んだかと想像します。

“in a person’s shoes”で「人の立場に立って」という意味があります。

性格もキャリアも全く違う姉妹なのに靴のサイズだけは同じという設定。
「自分探し」を「自分の靴で歩く」ということに見立てるのと、他者の立場を思い遣ることで初めて自分が見えてくる―というダブル・ミーニングになるのでしょう。


キャリアウーマンで弁護士の姉(トニ・コレット)は有能だが、自分の女性的な魅力に劣等感がある。
妹(キャメロン)は女の魅力だけを武器に世の中をいい加減に渡り歩いている―仲は良いが、生き方も個性も全く違う姉妹。
妹は姉から叱責を受け、その腹いせの行為が姉妹の仲を割いてしまう。姉は妹をかばう余り、その事を誰にも告げられず悩み続ける…というのが、やや重たい前半の導入部分です。

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姉妹の祖母役であるシャーリー・マクレーンが登場してから映画の流れ、トーンがどんどん変化していきます。シャーリーの存在感や演技も素晴らしいですが、他の俳優、演出の描写の細やかさ―どれを取っても一級の作品です。

自分の女性的な魅力への過小評価、難読症や自分の知性に対するコンプレックス、という姉妹それぞれの「思い込みによる制限」が解き放たれていく過程は静かな感動を与えてくれます。


変容のプロセスを表す象徴的なシーンとして、「君は頭がいい」と言われた時のキャメロンの笑顔をわたしは絶賛したいと思います。ひとりの人間が目覚める、あるいは変容していく感動的な瞬間を見事に表現しています。
それを見た瞬間、初めてキャメロン・ディアスに「女優」を感じました。

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結婚式で祖母が靴を貸してあげるというシーンがあります。
(3人共に、同じ靴サイズ…そして祖母も心に傷を持っていたのです)
シャーリー演じる祖母が、その靴を「あげるのではなく、貸すだけ」「青い花模様がついている」とコメントします。
これは“something four”という花嫁が結婚式に身に着けると縁起が良い4つのものをあらわします。
それは「借りたもの」「青いもの」「古いもの」そして「新しいもの」ですが、祖母の靴が最初の3要件を満たしているわけです。

花婿と姉妹の義母がユダヤ人であるためにかもし出す宗教的、習慣的な違いなども暖かく、時にユーモラスに、さり気なく描かれています。
特に人種や文化が重層的なアメリカ社会では「人の立場に立つ」視点がなければ人間関係は困難なものとなるでしょう。


この作品中最も感動的なシーンの一つで、妹役のキャメロンが、サープライズで朗読する詩を紹介します。


i carry your heart with me

(i carry it in my heart)

i am never without it

(anywhere I go you go, my dear; and whatever is done by only me is your doing, my darling)

i fear no fate

(for you are my fate, my sweet)

i want no world

(for beautiful you are my world, my true)

and it's you are whatever a moon has always meant

and whatever a sun will always sing is you

here is the deepest secret nobody knows

(here is the root of the root and the bud of the bud

and the sky of the sky of a tree called life; which grows

higher than soul can hope or mind can hide)

and this is the wonder that's keeping the stars apart

i carry your heart (i carry it in my heart)


あなたの心と共に 私の心を重ねて

決して離れることなく

私が行く所 あなたも共に

私のすることはあなたのすること いとしい人

運命など恐れない 

あなたが私の運命だから

世界など欲しくない 

あなたが私の美しい世界だから

誰も知らない深淵なる秘密 

起源の中の起源 未来の中の未来

大空に育ちゆく人生という木 魂の希求 

理性の畏れより高く枝を延ばす

孤高にきらめく星々の神秘

あなたの心と共に 私の心を重ねて

_ ―E.E.カミングス “i carry your heart with me”



この映画は個人と家族の再生のドラマです。
一人ひとりが思い込みという制限の枠を取り去った時、奇跡は必ず起こります。

わたしたち自身が奇跡なのですから…!


キャメロン・ディアス、トニ・コレット、シャーリー・マクレーン/カーティス・ハンソン監督/2006年 アメリカ映画

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2008.01.31 Thu l 映画 l COM(0) TB(0) l top ▲
友人から突然のメール。できるだけ早く観て感想を―とのこと。
「これはフィクションであるが真実」とのコメント付でしたが、結論からいうと全くその通りでした。
(@_@)

湾岸戦争の英雄ショー(リーヴ・シュレイヴァー)の部隊の隊長だったマルコ(デンゼル・ワシントン)は元部下の告発を機に、自分たちの戦争の記憶が何者かに植え付けられたものではないかと疑うようになる。時あたかも、ショーは副大統領選に挑む最中であり、マルコはショーとの接触を図るが…。



この映画は、国家による洗脳をモチーフとしています。表現されている事の全てが「根も葉もある」暴露である為、何故このような映画が製作、公開可能になったのか不思議に思いました。
しかも監督が『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ、キャストのメリル・ストリープ、ジョン・ヴォイト、そしてスタッフの多くがオスカーの受賞者だらけという錚々たる一級の作品です。

しかし日本で公開されたのはUA系列の劇場のみ。これだけの作品を未公開にするわけもいかないとはいえ、全国で20館しかない劇場で公開されただけなのです。恐らく米国でも似たような状況だった事でしょう。
同年公開の『ホテル・ルワンダ』も同様の憂き目に会いました。
(;一_一)


今日でも一般市民は、アメリカやカナダ政府が機密に行ってきたマインド・コントロール計画を知らされていません。
これらの計画はMKウルトラ、MKナオミ、MKサーチ、MKデルタ、マトリックスその他の呼び名で言及されます。それは冷戦期を通して実行されてきました。MKウルトラの時代にあったプロジェクトの目的は、被験者達を完全にコントロールし、究極的には彼らに任務を実践させ、その任務に関わる記憶を消去する為の手段を作り上げることでした。被験者達は『引き金』またはパスワードが彼らに与えられるまでは彼らの任務を思い出せない状態に置かれました。(ジョン・レノン謀殺に使われたマーク・チャップマンなどは典型的な例の一つでしょうか…)

こういったことのために被験者達は「多重人格障害」にさせられ、この多重人格障害は催眠術と拷問によって作り出されました。子供の被験者は諜報機関との関係を持っている両親及び保護者の許可のもとに選択されました。子供の被験者達は4歳から12歳までの年齢の子供が最も頻繁に選ばれました。

この映画の原題を直訳すると「Manchurian満州のCandidate候補者」となります。これは作品中政治や経済を陰で操る巨大企業の名前をManchurian Global社としているからです。
現実の話に戻ると、上記のプログラムされた子供たちも成人してから、何と同じ“Manchurian Candidate”というコードネームで呼ばれていたのです…!

MKウルトラ時代の犠牲者達は拷問の後に反撃を加えてこないとみなされた、最も慎み深い人々の中から選ばれました。モントリオールの8人は薬物を投与され、半睡半醒の状態に数週間置かれ、彼らの全ての記憶を破壊する目的でエウェン・キャメロン博士によって作られた催眠テープを聞かされました。この研究はある程度うまくいきました。キャメロン博士は訴えられましたが、訴訟が始まる前に死亡しました…

現代ではインプラントのチップは砂粒大までになっているそうですが、エレクトロニクスその他の洗練された方式が確立し、ハードウェアを最早必要としなくなっているようです。


この件及び関連情報は下記のリンク集を照覧することを強くお勧めします。
信憑性のある情報源としてお役に立ててくだされば幸いです。

Library


「記憶」している事がどうしても現実に思えず悪夢に悩ませられる部隊の生き残り達―
この『クライシス・オブ・アメリカ』では洗脳された2人の生き残りの片割れが副大統領候補となり、彼の元上官が戦争の英雄を称えるスピーチを重ねる事で子供たちなどの洗脳→リクルートをする生活に疑問を持ち始めます。
渦巻く陰謀に翻弄される主人公達―


しかしこの映画には大きな、そして根源的ともいえる救いのメッセージがあります。
どれだけ強烈にマインド・コントロールされようとも、心の奥深くには、誰にも犯すことのできない聖なる領域が存在するということ。
そして最後に勝利するのは、そのハートの聖なる真実のみなのです。



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2007.07.25 Wed l 映画 l COM(0) TB(0) l top ▲
「スクリーンは魔法のメディア。それは他の芸術には決して真似のできないほど感情とムードを伝え、好奇心を保つことが可能だからだ」―スタンリー・キューブリック

キューブリックは多くの模倣者、フォロワーを生みました。真に天才と呼べる孤高の映画監督です。(彼自身はエイゼンシュタインとチャップリンを敬愛していたという…)映像のみならず、意識の深部にnonverbal(非言語的)なコードを埋め込むことのできる、比類のない映像作家でした。
この作品を初めて観た時、これがキューブリックの遺作なのかと正直、失望感すら感じたものでした。もやもやが残ったものの数年経ち、DVDで観直してみると、物凄く良い!自分でも以外でした。正に眼で視える以上の、コーディングされた何かが働いたのでしょうか。

 “eyes wide shut” とは不思議なタイトルです。普通なら “eyes wide open” というべきところでしょう。不思議な印象を与える響きです。「目をよく見開いて…やっぱり、見ない方がいい」というニュアンスを表現しているのでしょうか。あるいは「怖いもの見たさ」という感じにもとれなくもありません。

 キューブリックの遺作となったこの作品の封切りに3ヶ月先立ち、彼は亡くなりました。元々プライバシーを公開せず映画の撮影も秘密主義だったため、彼の死因が明らかにされなかったことにも違和感がありませんでした。

「幸福なカップルに存在するセックスについての矛盾した精神状態を探り、性的な妄想や実現しなかった夢を現実と同じくらい重要なものとして扱おうとした」―これがキューブリック自身、この作品に寄せた唯一の公式コメントとされているのですが、今ひとつ釈然としません。

「キューブリック 死因」と検索をかけてみると、鳥肌が立つような一節を発見。「イルミナティに殺されたんだよ」―と2ちゃんねるで。中々と与太な方の意見なので相手にもされず(というか、受け手が意味を解していない(~_~;) 
この図式は実に怖いものです。本当のことを、わざと信じられないような形、状況で提示し笑い話にしてもらっている感じ。(これをディスインフォメーションという) これは、元フォーブス編集局長だったベンジャミン・フルフォードが「身の危険を冒して真実を暴露」している状況にも似ています。(彼の場合は、時々わざと外したことを言って、信用をなくしてもらう…という、お約束のパターン)

 調べてみるとキューブリックはかなり以前より「彼ら」にマークを受けていた形跡があります。ナポレオンをテーマにした作品の撮影寸前に『ワーテルロー』、ホロコーストをテーマにした脚本を執筆中に『シンドラーのリスト』が公開され、『フルメタルジャケット』の時は『プラトーン』―といった風に妨害としか思えない事が長年に渡り続いています。そして、これらのテーマ全てとユダヤ=イルミナティには関連があるのです…!
言うまでもなくハリウッドは「彼ら」の巣であり、スピルバーグ、イーストウッドはその忠誠により、メ−ソンの高位階であるといわれます。ホロコーストでユダヤの同胞であるはずのアシュケナジーを虐殺した連中ですから、スピルバーグが「親友」であるはずのキューブリックを売ることなど朝飯前のことです。

 トム・クルーズが妻役ニコールの心の闇をのぞいてしまった為、やっぱり見ない方が良かったのか―というニュアンスは確かにストーリーとしての中核を成しているように思えます。しかしこの映画の中で出色なのは、仮面での秘密パーティです。

 何で今まで気づかなかったのでしょう…12人の淫婦、奇妙な儀式。これこそメーソン=イルミナティの性儀式そのものではありませんか。これこそが闇の世界の暴露。単なる暴露に留まらず最後のニコールの台詞は極めて挑戦的、あるいは揶揄しているように聞こえることでしょう。

抹殺せざるを得ないほど彼らがキューブリックの影響力を恐れたのか、暴露あるいは最後の台詞に侮辱を感じたのか―真相は永久に闇の中です。

Stanley Kubrick,  1928年7月26日 - 1999年3月7日  享年70歳
改めて  合掌、感謝



2007年06月19日
Eyes Wide Shutパーティ
「Eyes Wide Shut」パーティにはヨーロッパの王族とストリッパーが多数参加
※【映画】アイズ・ワイド・シャット◆米1999《監督》スタンリー・キューブリック《出演》トム・クルーズ、ニコール・キッドマン、シドニー・ポラック

多数のヨーロッパの王族がギリシャのPavlos王子が主催した「Heaven and Hell」(天国と地獄)パーティに参加した。パーティは仮装舞踏会で、「Eyes Wide Shut」に描かれているデカダンのエリートに似ており、ストリッパーも参加していた。

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元記事http://www.jonesreport.com/articles/180607_royal_tease.html


私が上記の原稿を旧ブログにアップしたのは2007年6月13日のことでした。英国のアンドリュー王子も参加したこのパーティが“Eyes Wide Shut”に絡めて報道されるのは承知のことだったでしょう。大胆不敵、傍若無人と言うべきでしょうか。秘密のパーティではなかった事が実に不快感を与えてくれました…

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2007.07.15 Sun l 映画 l COM(5) TB(0) l top ▲
−「さよなら」を言う代わりに記憶を消した

「希望は永久に人間の胸に湧く。人間はつねに現在幸せであることはなく、いつもこれから幸せになるのだ」―アレキサンダー・ポープ
 
元恋人クレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)が自分の記憶を消したという手紙が主人公ジョエル(ジム・キャリー)の許に届く。そして自分も彼女の記憶を消すことを決断する。ジョエルが記憶を消していく過程で明らかになる、もう一つの事実。それは、記憶消去を請け負う医院で受付をしているメアリー(キルスティン・ダンスト)の秘められた過去。

一見SF仕立てのようで、そうではなく、これは正しくチャーリー・カウフマン・ワールドです。
ある記憶を消してしまいたいという衝動は、そうしなければ耐えられない程の、強い気持ちの裏返し。
本当は、忘れたくない。そして、記憶を消しても、いや、消したからこそ、再び恋に落ちる3人。

消し去ってしまいたいほどの記憶こそ、その人間にとって大きな意味を持つ成長の糧であるはず。それに正面から向き合い、しかもその心の暗部をパートナー同士で「サトラレ」状態になるという設定は凄まじいシチュエーションです。

タイトルの“Eternal Sunshine”(永遠の輝き)とは、ハート奥深くの「愛」そのもの。曇りのない心の持ち主だけが放つことのできる輝きのことです。この言葉は劇中引用される17世紀の英国詩人、アレキサンダー・ポープの詩の一節。「真の幸福は罪なき者に宿る」ということです。

How happy is the blameless vestal's lot!
The world forgetting, by the world forgot
Eternal sunshine of the spotless mind!
Each pray'r accepted, and each wish resign'd

幸せは無垢な心に宿る
世界を手放すこと
永遠の穢れなき心の輝き!
全ての祈りは聞き届けられる (translated by さんかるぱ)

以前にブログで紹介したE・E・カミンングスの詩といい、この種の翻訳は大体が逐語的か、逆に詩的過ぎて意味を成していないことが多々あります。これは語学力の問題を超え、解釈はとても難しいものです。拙訳ながら、意味が通っていることを祈ります。

映画が娯楽だと言ってしまえば、それを観た者がいかなる解釈をしようとも然したることはありません。とはいうもののAマゾンのレヴュー他を眺めて驚いたのは、次から次と、その「ハズシ方」が壮観であったことです。せめてタイトルの意味する事を考えるだけでも全貌を俯瞰できるのに、と僭越ながら思いました。

ジム・キャリーの演技も素晴らしいけれど、ケイト・ウィンスレットは更に凄い…全編を通して彼女の演技は冴えていますが、エンディングに向かう感情の襞、表情はオスカーにも値するものと思います。他の出演者もホビットの勇者フロド(イライジャ・ウッド)が徹底的にナスティな役どころだったり、『フルモンティ』のトム・ウィルキンソン、『スパイダーマン』シリーズのキルスティン・ダンスト…と名優がてんこ盛りです。カウフマンの脚本ならノー・ギャラでも出たいとジム・キャリーは言ったそうですが、カウフマンのカリスマ性を現す豪華なキャステイングといえます。

監督はビョークなどのミュージック・クリップなどで名を上げた人らしく、映像感覚や音楽の使い方が絶妙です。ラストに流れるBeckの“Everybody’s Gotta Learn Sometime”のメッセージは特に押しつけがましくなく、一気に深い感動をもたらします。多くの人は涙・涙ではないでしょうか。

Change your heart
Look around you
Change your heart
It will astound you
I need your lovin'
Like the sunshine

Everybody's gotta learn sometime
Everybody's gotta learn sometime
Everybody's gotta learn sometime 

“Everybody's gotta learn sometime” by Beck (抜粋)

_ 「誰もがみんな、いつか学ばなければならない事がある」―さて、何を?



以前に読んで頂いた方、再度に渡り申しわけございません。
(これからも多々ございます…)
この映画は非常に深いものがあり、多くの方に見ていただこうと意図しアップした記事です。
不思議な事に、この記事が激しい攻撃の末、閲覧困難になってしまったのです。
Everybody's gotta learn sometime という一節がサタニスト達のお気に召さなかったのでしょうか。
真相は解りません。しかし何であれ私も意地になっての再アップです。

冒頭のアレキサンダー・ポープの言葉は一般の心情を顕してはいるものの、幸せになれるのは常に「今」しかないという真実を反語的に取り上げました…



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2007.07.09 Mon l 映画 l COM(0) TB(0) l top ▲