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『イン・ハー・シューズ』 “In Her Shoes”

2008/01/31 Thu

inher




どちらかと言えばキャメロン・ディアスは苦手なタイプ。
トム・クルーズの『ヴァニラスカイ』のようなシリアスな作品中でも添え物としか見えず、この映画もラブコメディに毛の生えた程度のものかと思いました。
ところが予想とは全く違った作品でした。

タイトルも英語のニュアンスを伝えるのが難しいタイプ。
さぞや配給元も悩んだかと想像します。

“in a person’s shoes”で「人の立場に立って」という意味があります。

性格もキャリアも全く違う姉妹なのに靴のサイズだけは同じという設定。
「自分探し」を「自分の靴で歩く」ということに見立てるのと、他者の立場を思い遣ることで初めて自分が見えてくる―というダブル・ミーニングになるのでしょう。


キャリアウーマンで弁護士の姉(トニ・コレット)は有能だが、自分の女性的な魅力に劣等感がある。
妹(キャメロン)は女の魅力だけを武器に世の中をいい加減に渡り歩いている―仲は良いが、生き方も個性も全く違う姉妹。
妹は姉から叱責を受け、その腹いせの行為が姉妹の仲を割いてしまう。姉は妹をかばう余り、その事を誰にも告げられず悩み続ける…というのが、やや重たい前半の導入部分です。

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姉妹の祖母役であるシャーリー・マクレーンが登場してから映画の流れ、トーンがどんどん変化していきます。シャーリーの存在感や演技も素晴らしいですが、他の俳優、演出の描写の細やかさ―どれを取っても一級の作品です。

自分の女性的な魅力への過小評価、難読症や自分の知性に対するコンプレックス、という姉妹それぞれの「思い込みによる制限」が解き放たれていく過程は静かな感動を与えてくれます。


変容のプロセスを表す象徴的なシーンとして、「君は頭がいい」と言われた時のキャメロンの笑顔をわたしは絶賛したいと思います。ひとりの人間が目覚める、あるいは変容していく感動的な瞬間を見事に表現しています。
それを見た瞬間、初めてキャメロン・ディアスに「女優」を感じました。

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結婚式で祖母が靴を貸してあげるというシーンがあります。
(3人共に、同じ靴サイズ…そして祖母も心に傷を持っていたのです)
シャーリー演じる祖母が、その靴を「あげるのではなく、貸すだけ」「青い花模様がついている」とコメントします。
これは“something four”という花嫁が結婚式に身に着けると縁起が良い4つのものをあらわします。
それは「借りたもの」「青いもの」「古いもの」そして「新しいもの」ですが、祖母の靴が最初の3要件を満たしているわけです。

花婿と姉妹の義母がユダヤ人であるためにかもし出す宗教的、習慣的な違いなども暖かく、時にユーモラスに、さり気なく描かれています。
特に人種や文化が重層的なアメリカ社会では「人の立場に立つ」視点がなければ人間関係は困難なものとなるでしょう。


この作品中最も感動的なシーンの一つで、妹役のキャメロンが、サープライズで朗読する詩を紹介します。


i carry your heart with me

(i carry it in my heart)

i am never without it

(anywhere I go you go, my dear; and whatever is done by only me is your doing, my darling)

i fear no fate

(for you are my fate, my sweet)

i want no world

(for beautiful you are my world, my true)

and it's you are whatever a moon has always meant

and whatever a sun will always sing is you

here is the deepest secret nobody knows

(here is the root of the root and the bud of the bud

and the sky of the sky of a tree called life; which grows

higher than soul can hope or mind can hide)

and this is the wonder that's keeping the stars apart

i carry your heart (i carry it in my heart)


あなたの心と共に 私の心を重ねて

決して離れることなく

私が行く所 あなたも共に

私のすることはあなたのすること いとしい人

運命など恐れない 

あなたが私の運命だから

世界など欲しくない 

あなたが私の美しい世界だから

誰も知らない深淵なる秘密 

起源の中の起源 未来の中の未来

大空に育ちゆく人生という木 魂の希求 

理性の畏れより高く枝を延ばす

孤高にきらめく星々の神秘

あなたの心と共に 私の心を重ねて

_ ―E.E.カミングス “i carry your heart with me”



この映画は個人と家族の再生のドラマです。
一人ひとりが思い込みという制限の枠を取り去った時、奇跡は必ず起こります。

わたしたち自身が奇跡なのですから…!


キャメロン・ディアス、トニ・コレット、シャーリー・マクレーン/カーティス・ハンソン監督/2006年 アメリカ映画

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『天使的宇宙人とのコンタクト』

2008/01/16 Wed

2012年にまた戻ってきます 
―そう言い残して彼らは帰っていった。彼らの活動には周期があるのだ。

     ハワード・メンジャー

アダムスキー


この本はチャネリングものではなくノンフィクションです。

著者が初めて天使的宇宙人(Angelic Visitor)とコンタクトしたのは1932年のこと。
長年に渡り数多くのUFOや、高度に進化した異星人とのコンタクトを続けました。

メンジャーは、アダムスキーとまったく同じ型の円盤に何度か搭乗。そして円盤のみならず、宇宙人そのものを何度も撮影させてもらっています。さらにメンジャーは、空飛ぶ円盤の窓から、地球はおろか、月面のドーム都市までも写真に収めています。
彼の著書は世界的な反響を呼び、テレビ・ラジオへの出演および全米を巡り講演活動を行い、アダムスキーと並ぶカリスマ・コンタクティと称されました。
それは50年代から60年代の初頭の出来事でした…

angelic


この著書で更に興味深い事があります。
それはこの著者自身が1961年、米国コロラドスプリングにおいて、軍の秘密プロジェクトに協力し、五人乗りの円盤型飛行装置を完成させていたということです。
メンジャー氏は全く愛国者的動機から開発に協力したものの、政府当局はその後、技術も、その事実全ても隠蔽しました。

宇宙からの訪問者たちのテクノロジーが現在の人類の理解の範疇を超える為、国家の安全保障上、政府はそれを公開できないのだ―そのようにメンジャーは述べています。
それが心底からの言葉か、方便なのかは知る由がありません。


「すでに地球に来ている訪問者たちが他の惑星から来ていようと、大気圏内の宇宙船から来ていようと(地球外生命体であろうと地球内生命体だろうと)一つだけ確かなことがある……私たちは全て宇宙の生命体であり、いつの日か私たちは他の世界の住人たちと出会うだろう。その時は、私たちが到達した文明の高みと同じくらいに高い道徳心を、宇宙にあまねく広めなければならないのだ。」(p367)

メンジャーにコンタクトした「天使的宇宙人」たちが、どこの惑星から来たのかが彼自身にも明かされる事はありませんでした。
しかし上記の文を読むと、われわれがUFOと呼ぶものが3種類存在する事が想像できます。
ひとつは他の惑星からくるもの、そして国家レベル(あるいはその上位組織)による地球人のもの、3つ目は地底世界(シャンバラ)からのものです。


「友よ、この地球はハルマゲドンの戦場なのです。(訳注省略)これは人間の心と魂の為の戦いなのです。祈り、よき思念、そして警戒が、あなた自身を悪から遮断するのです」

「あなたはまだ知らないのよ、ハワード。この惑星にはとても強大な力をもったグループが存在するの。彼らは途方もないほど多くの知識を持っていて、それはテクノロジー、心理学、そして最も残念なことに、高度の脳療法(操作)の知識なのです。彼らはあなた方の世界の政府(複数)のある主要な人物たちを利用しています。彼らのグループは人を操ることに長けていて、あなた方の神話上の存在の“サタン”の手先とも呼べるような人たちです」(p.196)

―「かれら」は上記のような警告を喚起する傍ら、叡智に満ちたマスターとしてのメッセージも数多く残しています。
 

「あなた方の世界の偉大な思想家の中には、時間そのものが4次元的なものであると考える人たちもいます。時間とは4次元の状態なのです。なぜなら、動作のないところに時間はなく、時間のないところに動作もなく、そのどちらも思考なしでは存在しないからです。
3次元世界に顕現した、思考する存在であるあなたは、動作と時間からなるもの、つまりあなたは4次元的な存在であるのです。」(
p.241)

「脳を利用しなくても、まだ思考が続けられることに気づきなさい。青年よ、私ははっきりと言いましょう。いかなるかたちの死も存在しないのです。もし死があるならば、あなたは今ここにいないでしょう。なぜならあなたは常にあなたであったし、これからもあなたであり続けるだろうし、今もあなたであるのです―宇宙がそうであるように、私たちの無限なる創造の父がそうであるように……循環し続ける宇宙のエネルギーである私たちは決して滅びることはなく、ただ変化を続けるだけなのです!」p.246


 <strong>「真理とは、いまだかつて理論であったことも、人間が黙想して編み出した哲学であったことも、また人の心を探る知的洞察であったことも決してありません。真理は今この瞬間に“あるもの”なのです。」p.240


著者 ハワード・メンジャー、コニー・メンジャー
徳間書店




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テーマ : 宇宙人は存在するのだ
ジャンル : サブカル

Hello―これ、やってみてください。

2008/01/13 Sun

1.胸の真ん中(だいたいでいいです)に光のボールがあります。
  大きさはなんでもいいです。小さな「・」でも、みかんぐらいでも、もう少し大きくても。
  色も何色でもいいです。(そこに意味はありません。)
  これをあなたの「スピリット(もしくは愛)」とします。(「これがスピリット(愛)なの?」と深く考えないで下さい。とりあえず、このワークのために、ここではそういうことにしておいて下さい。)
 愛だと感じられなくてもいいんです。とにかく、光のボールがあります。



2.今近くに人がいますか?
  居たら誰でもいいのでその人。
  居ない場合は誰かひとり、思い浮かべます。
  その人の胸にも、自分とまったく同じ光のボールがあります。(感じられようが感じられまいが、あります。)



3.あなたのボールから、相手のボールへ向けて「ハロ~」と挨拶してください。「こんにちは。」でも、もちろんかまいません。
 


 それだけです。

 あまり深く考えずに、何度も何度も、いろんな人に「ハロ~」(もしくは「こんにちは」)と挨拶してみてください。


 これは一体ナンなのか???

 とりあえずやってみて、ご自分で感じてみてください。

 感じられなくても気にしないで。いずれ「あ!」と思う日が来ます。





 注意:
 
 ・誰の胸の中にも自分と全く同じボールがあります。
  大きさにも、色にも、カタチにも違いはありません。無い人もいません。
  
 ・「ハロ~」でも「こんにちは」でもいいのですが、どちらかに決めて練習した方がいいと思います。

 ・「ハロ~」「こんにちは」以外のメッセージは送らないで下さい。
  例えば「愛している」「好きよ」「元気出して」「私のこと赦して」など、つい送りたくなるメッセージはいろいろありますが、今は何も送らないで、誰に対しても「ハロ~」だけです。
 挨拶だけ。それで終わり。(このルールは絶対に守ってください。)

 ・一日に何度やってもかまいません。何度も同じ相手にやってもいいし、何百人にやってもかまいません。

 ・相手が何をしているか?どこにいるか?何を感じているか?生きているか死んでいるか?さえも関係ありません。

 ・時間も場所も選びません。
 歩いている途中でも、電車の中ででも、慣れれば2,3秒あればぱっとできます。おふとんに入ってから眠りにつくまでの何分かでやってもいいと思います。

 ・相手との親しさも関係ありません。
 道ですれ違う人にやってもかまいません。その人に視線を向けることさえ、しなくていいです。心の中だけで出来ます。
 もちろん、声に出して言う必要はまったくありません。

 ・「これから出会う人」にあらかじめやっておくのは特にお勧めです。
 例えば職場に向かう途中で、着く前に上司や同僚に挨拶しておく。
 面接に行く場合は、まだであったことも無い面接官に挨拶しておく。
 家に帰りつく前に家族にする。。。。など。
 
 ・「やり方を間違ったら悪いことが起きる?」などという心配はご無用です。何も起こりません。心配せずに自由に試してみてください。




これは昨日、マイミクのヒロリンさんの日記で紹介されて知りました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=680983433&owner_id=6827316&comment_count=29
(ヨッシーさんも引用しています)

何でも気になることは直ぐに試してみるわたしは昨日からちょこちょこやっていました。
すると何だか妙にウルウルとしてきたり、気持ちが高まったり…気持ち良くなってきました。
何の思い入れも無く、ただ上に書いてある通りにしただけで。

この4~5日、ハートチャクラがチリチリするような感じがしたり、急に心臓の鼓動が気になったり…していました。
ちょっと違和感があったのがなくなっているような気がします。

あくまでも直感ですが、これを続けるとワンネスを体得(?)するのに有効な感じがします。
こういうワーク(?)は高いお金を払って修得するというより、こういったシンプルなやり方がいくつもあるのだと感じます。
宇宙そのものがシンプルで解りやすいものであるはずだから。


このコミュにも今日、参加させていただきました。

▼ア・コース・イン・ミラクルズ▼
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=26837769&comment_count=16&comm_id=101572

マリアン・ウィリアムソン『愛への帰還』やゲイリー・レナード『神の使者』…
などで「奇跡のコース」についてはご存知の方も多いことでしょう。

―「赦し」だけじゃなかったんですね。ヾ(゜▽゜*)コラコラ


このコミュの管理人をしていらっしゃるPollyannaさん。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1256246

現在ニューヨークで女優とスピリチュアルカウンセラーをしていらっしゃるそうです。
とても知的な美人です
―だからというわけではありませんが、今日マイミクになっていただきました。
(こんなことを書くと、さる筋からのツッコミ引き寄せの法則になってしまいそう…)


ぜひ皆様もお試しになってください

(ノ^^)八(^^ )ノ


インラケチ



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「ヴォネガットさん、あなたに神のお恵みを」“God Bless You, Mr. Vonnegut !”

2008/01/06 Sun


「神よ、変えることができないことを受け入れる平静さと、変えることができるものを変える勇気と、それらを見分ける知恵をお与えください」
―『スローターハウス5』より


カート・ヴォネガット・ジュニアは極めて特異な作家でした。60‐70年代にヴェトナム戦争が泥沼化するアメリカで、カウンターカルチャーの旗手として登場したヴォネガット。彼の作品にはSFやファンタジーといった特定のカテゴリーに収まらない独特の文体とメッセージがあります。村上春樹氏始め、多くの日本人作家への影響も窺えます。


「わたしがトラルファマドール星人から学んだもっとも重要なことは、人が死ぬとき、その人は死んだように見えるにすぎない、ということである。過去では、その人はまだ生きているのだから、葬儀の場で泣くのは愚かしいことだ。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず、常に存在してきたのだし、常に存在しつづけるのである。たとえばトラルファマドール星人は、ちょうどわれわれがロッキー山脈をながめるのと同じように、あらゆる異なる瞬間を一望のうちにおさめることができる。彼らにとっては、あらゆる瞬間が不滅であり、彼らはそのひとつひとつを興味のおもむくままにとりだし、ながめることができるのである。一瞬一瞬は数珠のように画一的につながったもので、いったん過ぎ去った瞬間は二度ともどってこないという、われわれ地球人の現実認識は錯覚にすぎない。」


彼自身の人生で特筆すべき体験は、第二次大戦の際ドイツ、ドレスデンで捕虜になった時の事件。アメリカ軍兵士として囚われの際、連合軍(味方)の無差別爆撃で一般市民12万人以上が殺戮された現場に立ち会ってしまったことです。
廃墟の中の深い、やり場の無い絶望から生まれた軽妙なユーモア―それが彼の作品に通底する不思議な味となっています。


「トラルファマドール星人は死体を見て、こう考えるだけである。死んだものは、この特定の瞬間には好ましからぬ状態にあるが、ほかの多くの瞬間には、良好な状態にあるのだ。いまでは、わたし自身、だれかが死んだという話を聞くと、ただ肩をすくめ、トラルファマドール星人が死人についていう言葉をつぶやくだけである。彼らはこういう、『そういうものだ』(So, it goes.)」
 -『スローターハウス5』より


そして、過去、現在、未来という時間の流れを超越し、宇宙の終末に至るまでの歴史をすべて現在の瞬間として認識するトラルファマドール星人から、主人公ビリー・ピルグリムへのアドバイスは以下のようでした。

「生きている間は幸福な瞬間に心を集中すること ― 美しいものだけをしっかりと見ること、永遠が過ぎ去ることは決してないのだから。」

彼が時空を超えて訴えた真実は今、正にその命を取り戻しているかのように見えます。 
彼が『猫のゆりかご』“Cat’s Cradle”(註:「綾取り」のこと)で描いた奇妙な宗教、「ボコノン教」は次のように教えています。

「フォーマ(=無害な非真実)を生きるよるべとしなさい。それはあなたを、勇敢で、親切で、健康で、幸福な人間にする」

 ―これこそがヴォネガット特有のレトリック。
「真実」や「正義」を振りかざす人々は中々胡散臭いものですから…

昨年ブレイクした元米国副大統領にぴったりの言葉もあります。

「わたしたちは最初から、<この惑星の生命維持組織に加えるどんな傷もほとんど永久に治療不能である>という科学的事実を認識しておく必要があるでしょう。この惑星を傷つけておいて、あとからそれを治すふりをする人間は、まさしく偽善者だということになります。」


There is no reason Good can triumph over Evil, if only angels will get organized along the line of the Mafia.
(天使たちがマフィアに伍することがない限り、善は悪に必ずや勝利する)


ハイホー

カート・ヴォネガット・ジュニア 
1922年11月11日‐2007年4月11日 享年84歳
「―さようなら。そしてこんにちは」

- So, it goes.



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さんかるぱ

Author:さんかるぱ
アメリカ在住13年。後、大阪に居を構え広い意味での「癒し」に関わる。

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