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天上のシンフォニー

2008/03/19 Wed

『天上のシンフォニー』という「スピリチュアル・アドベンチャー・ノベル」を、やっと読了しました。

著者の広範囲にわたる博識と、「絵が見える」巧みな描写力に導入部から何度も鳥肌が立ちました。
既成宗教やニューエイジに対する考え方、世界を覆う光と闇の実相を深い視点で捉えています。


後半はハリウッド(角川?)映画のような活劇になって、好みが分かれるところでしょう。
また「真の」闇の勢力に正面から切り込むことはしていません。
これはフィクションとして、作者が意図的な抑制をしたのだと推察します。

この本が対象とするのは現在、地球が迎えようとする大異変に懐疑的な人や、包括的な青写真にまだ出会っていない人かもしれません。
「神」が用意した壮大なプランに目覚め、その上でどう向き合っていくのか―我々に残された時間は決して多くありません。

いずれにせよ、多くの人にお勧めしたい一冊です。


*♪゜゜・*:.。..。.:*・゜♪・*:.。. .。.:*・♪゜・**・♪・**♪゜゜・*:.。..。.:*・゜♪・*:.。. .。.:*・


その時を境に、人類は新たなサイクルに入るのだ。他の天体に転生する魂もいれば、地球に残る魂もいる。一気に五次元へアセンションを果たす魂、四次元へアセンションを果たす魂、再び三次元でやり直す魂、そして消滅する魂がでてくる。

新しいサイクルにおける、それぞれの魂の運命がどうなるかは、今までの長い転生の中で作り上げられてきたカルマの総決算によって、決められる。

今回行うことは、ひとつの人生の総決算だけではない。今までの多くの転生すべての総決算なのだ。それによって、次に、どの天体、次元に転生するかが決まる。

あなたがたが転生する世界はたくさんある。天国に限りなく近い所もあれば、地獄に限りなく近い所もある。すべては二者択一ではない。自分の波動にふさわしい所に行く。

あなたが言っている多くの人というのは、こういう人ではないだろうか。人殺しも盗みも詐欺も働いたことがない。いわゆる社会的に悪とされていることは何ひとつしていない。きちんと働き、結婚して子供を作り、幸せに暮らしている。彼らのどこがいけないのかと。

しかし、同様に、彼らは人類の進化にも貢献してこなかった。一生懸命霊性の大切さを説いて歩き回っている人をあざ笑い、平和のために働いている人に協力もせず、すべてにおいて無関心できた。自分の生活のことだけを考えてきた。

おかしなことに気づいていた人たちはたくさんいて、彼らは様々な書物などを通してその事実を伝えようとしてきた。しかし、君の言う”善人”は、それに耳を傾けただろうか?

あなたがたは、世の中とは誰か悪い連中がいて、彼らがすべての悪を行っていると思っているかもしれないが、実は、すべてはほとんどの人間の意識や態度によって決まってくる。あなたがた一人ひとりの選択が、世の中の方向性を決定するのだ。どんなに悪い連中がいて、どんなに強力な力を持っていようとも、世界中の大多数の人間が、意識的に自分たちの行動に責任を持っていけば、彼らは何もできないのである。

無知であることも、また罪なのだ。彼らはただ社会にプログラムされた通りに生きてきて、物事に深く疑問を抱き、探求するということをしてこなかった。そして、その結果、大きな悪を作り上げることに、加担してしまったのだ。

自分の蒔いた種は、自分に跳ね返ってくる。今まで長い転生の中で、自分にふさわしい波動を築き上げてきた。宇宙の法則とは、磁石のようなものだ。同じ波動のものは引きつけ合う。それぞれが持っている波動に相当する世界があるのだ。

進化に必要な鍵は、先ほどから何度も言っているように、愛と慈悲の心なのだ。



伯宮幸明 著/講談社



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『今日は死ぬのにもってこいの日』

2008/03/09 Sun

ニューメキシコ州、タオス・プエブロのネイティヴ・アメリカン古老によって口承された詩、散文をまとめた本。

著者ナンシ-・ウッドの詳しい略歴、「白人」であると自称する以外、彼女の人種的バックグラウンドは一切不明です。
彼女自身、近隣のサンタフェに長らく在住し、かの地のネイティヴと長年に渡る親交を持つ詩人、ライター、写真家。

ほかの著書から見える彼女の思想傾向は、この口承とされる内容に彼女自身の価値観というバイアスが掛かっている可能性を感じさせます。
(中にはこの著作が彼女の創作では、などという意地悪な見解すら)

何れにせよ、全ての生命、自然の営みに「神」を見出し、母なる大地に根差したネイティヴ・アメリカンの伝統的な生き方は「文明人」の価値観に穏やかに警鐘をならし、時に深遠な哲学を語ります。



おまえは後戻りはできない

わたしたちの道が

「昨日」に架ける橋だと信じているなら

おまえはここで生きることはできない。

「今」は過去のやり方とは違うのだ。

「今」は美しい、

なぜなら、この世で大事なもののすべては

わたしたちに至る道を見つけてしまったからだ。




そして、この本を紹介するサイトのほとんどに、必ずといっていいくらい全文転載されている詩があります。

ここで今更、という気持ちもあったのですが、敢えて紹介させて頂きたい気持ちに負けました。




今日は死ぬのにもってこいの日だ。

生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。

全ての声が、わたしの中で合唱している。

すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。

あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。

今日は死ぬのにもってこいの日だ。

わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。

わたしの畑は、もう耕されることはない。

わたしの家は、笑い声に満ちている。

子どもたちは、うちに帰ってきた。

そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。 

           ー“Many Winters”より



「宇宙の流れの中で、自分の位置を知っている者は、死を少しも恐れない。
堂々とした人生、そして祝祭のような死。ネイティヴアメリカンの哲学は、我々を未来で待ち受ける」

(中沢新一氏推薦文より)

この詩は、無数の名詩選や教科書に転載され、追悼式や結婚式でも朗読されてきたそうです。



この詩は禅でいうところの「止観」という状態を連想させます。
それは「今」という瞬間に充分に存在している、真理と調和した生き方を体現しているものの死生観といえるかもしれません。


来たる3月15日は弘法大師空海の生誕日。
大師が入定したのは835年3月21日のことでしたが、上記の詩を読んで「自ら死期を選ぶ」生き方というつながりで大師のことを思いました。


「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く 死に死に死に死んで死の終りに冥き」

無明の文明社会に生きる、衆生の一人であるわたしにとって、心に染み入る一冊でした。


また、空海は全弟子を代表して唐での師、恵果和尚を顕彰する碑文に、

「虚往実帰」―虚しく往きて実ちて帰る 

 ―と記しました。

入唐した時は無名の私度僧であった空海が、たった2年で奥義を授かった成果を、師に感謝したものとされています。
しかしそれは一面の真理に過ぎない感じがします。

上記のネイティヴ・アメリカンのようにエゴを虚しくし、自然と調和した生き方をしたものが実りをもって本源の世界に帰っていくことができる…
―それこそが大師たちや、大地に根差したネイティヴ・アメリカンに通底した教えではないでしょうか。



皆様、
今日は死ぬのにもってこいの日でしょうか…?



今日も生かしていただいて、ありがとうございます。



“Prose and Poetry of the Pueblos”/ナンシー・ウッド著/めるくまーる




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プロフィール

さんかるぱ

Author:さんかるぱ
アメリカ在住13年。後、大阪に居を構え広い意味での「癒し」に関わる。

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