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シュリ・サティア・サイ・ババとの出会い7(最終回)

2008/05/20 Tue


>スワミはどのようにさんかるぱさんに指示を
>されたのでしょう?
>スワミはどのような理由でさんかるぱさんに
>大阪に行くように言われたのでしょうか?
>さんかるぱさんはその指示をどう受け取り
>今はどのようにお感じになられますか?


このメッセージに促されて、書き続けた結末は呆気ないものかも知れません。



米国滞在10年目くらいで、永住権を取得しました。
すると、逆に、このままだと一生日本に帰ることができないという思いが強くなってきました。

それまで6~7年間、フリーマーケットや泥棒市で買い集めてきた、古着、アンティーククローズ、骨董品…などが貸し倉庫に預けるほどの量になっていました。
書籍やレコードも膨大な量です。
何れ、物販、カフェ、そしてパーティースペース的な複合施設を始めるつもりでした。

それが資金を出してくれる筈だった父に企画書をハネラれてしまい、家内が単身、別ルートで調達のため単身日本に帰りました。
勿論のこと、千万単位のお金を簡単に出してくれるところなど、,そうそうありません。

ある日、東京から「これから大阪の○○の所に行く」と電話が来ました。
夢でババが行くように指示したと言うのです。

全く想定外の流れ。
そして友人の○○は、夫婦で大阪の彼の会社に来るのなら、支度金や住む所も用意するということになったのです。
しかしそれは求めることと全く内容が違います。
正直言って論外でした。


ところが、家内がNYに帰ってから、立て続けに2回、空き巣が入りました。
本当に貴重な、金目のものは倉庫に入れず、トランク2つに入れて手元に置いてありました。
それが根こそぎ盗まれてしまったのです…


正直そこで気が抜けてしまいました。
その時点までの様々なメッセージや出来事…
この流れに逆らえる理由は何もありませんでした。

とにかく帰国を急かされるので、わたしが先に単身、未知の土地であった大阪に行くことになりました。
その頃猫が8匹いたので、受け入れられるような住まいの確保などが先発のわたしの使命でした。

友人がどんな仕事をしているのかすら詳しく分かっていないまま、日本に着いた翌日にはT島屋百貨店の売り場に立たされました。
彼は百貨店での催事販売の会社を経営していたのです。
20年近く生やしていた髭も剃るように言われました。
何だか丸裸で新しい世界に飛び込んだようでした。

何が何だか分からないまま、関西弁も分からず、日本のお金を見てもお金に見えず、大体、自分が販売しているものすら良く分からない…という状態でした。
大体「いらっしゃいませ」なんて言ったことすらありませんでした。

押し寄せる人並みを見ている内、フッとババの「多くの知らない人に揉まれて実体験を積みなさい」というメッセージを感じました。
「そして頭でっかちのプライドを捨てなさい」…と。




いつしか大阪に来て16年も経ってしまいました。
そしてこの導き、選択が完璧であったことをわたしは疑ったことがありません。


そんな慌しい状況の中での、殆ど着の身着のままでの家内との別離。
その時は、彼女と今生の別れになるとは思いもしませんでした…


*♪゜゜・*:.。..。.:*・゜♪・*:.。. .。.:*・♪゜・**・♪・**♪゜゜・*:.。..。.:*・゜




1987年はハーモニック・コンヴァージェンスの年。
人類の集合意識が破滅ではなく、光明を選択した年と言われます。

そして1989年は個々の魂がどちらに行くのかが決まる年とも言われました。

それらを証明することなど出来はしませんが、あの年にスワミや皆に助けて頂けなければ、
恐らくわたしは闇の世界に転落していたに違いありません。



人間の数だけ学びの種類があります。
わたしの体験は素晴らしい所か、問題児であるが故に、様々な方たちの手を煩わせただけのことです。
普通の人ならば教わらなくても解る様な事を、頑として受け付けない人間だったので、色々と手を尽くしていただいたということだと思います。


お陰様で、今の自分はご先祖様、偉大な神霊たち、そして全ての命に支えられて生かされていることを昔よりは感じることが出来るようになったと思います。



わたし達が「奇蹟」と考えるイメージは様々ですが、わたしは一つのエピソードを思い出します。


ある時、ピカソがジャン・コクトーにこんな事を言ったそうです。

「お風呂の中で溶けてしまわないなんて、正に奇蹟だよ!」―と。



またアインシュタインの言葉―

「人生は2通りの生き方しかない。奇跡など存在しないと考えるか、全てを奇跡と考える生き方である」





神はあなたが
自らの内なる神性を知り、
体験し、実現するために、
この人生を与えたのです。

  ―バガヴァン・シュリ・サティア・サイババ



世界が愛と平安に満たされますように。


Om Sai Ram.


Om Shanti Shanti Shanti



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シュリ・サティア・サイ・ババとの出会い6

2008/05/17 Sat

最初の地、コダイカナルにいる時は、スワミに手紙を渡したり、御足を礼拝するパッド・ナマスカールも毎日のようにできました。
次に移動したウッタカモンド(ウッティ)という所では、インタヴューにも呼ばれ、スワミに直接お話もしていただきました。
(その内容については書けませんが…)


そして精神状態はハイの極致―ピーク体験が持続した状態のまま、香港、日本を経由しNYに帰還。

しかし、インドを出て、ちょうど7日を過ぎた時、急速な心の落ち込みに襲われました。
それは、天国からいきなり地獄に落とされたような苦しみ…

肉体的にも自分の丹田(第チャクラ)辺りに激痛が走り、孔でも開いているような感じ。
そしてそこから黒いプラーナ(?)のようなエネルギーが出ています。

そんな苦しみの最中、家内にババからのメッセージがあると言われました。


「あなたはババの所で奉仕活動をしている時、しんどくて途中から嫌になって来た。それをあなたは理屈をつけて自分を正当化しようとした。それを思い出しなさい。その気持ちの歪みが、悪いエネルギーを作り始めた…」

何よりも驚いたのは、指摘された、そのインドでのことは、わたし自身の内面の問題で、誰にも話したことが無いことだったのです。


確かにババの所で、ダルシャンの合間の奉仕活動は最初ルンルン気分でした。
聖者の所で徳を積めるとは、何て幸せなんだろうと。
(その考え自体が間違いなのですが…)

ところが、土方仕事のようなきつい労働が毎日続く内、肉体的にかなり辛くなってきました。

そんな折、作業中に足に怪我をしてしまいました。
大した傷ではなかったのですが、サンダル履きなので破傷風が怖いし、怪我をしたのは、スワミが少し休んでもいいよというメッセージなのだと、勝手に解釈していました。

―しかし、そう指摘されてみると確かに、その時の自分には後ろめたさがあったのです。


誰にも話したことの無い自分の過去の内面の動きを、明確に、他の人間から指摘されたら、どう感じるでしょうか?


―変な言い方ですが、わたしは、唯々降参しました。
もう信じるとか信じないとか…シャレで済む世界ではありませんでした。


「思い」の全ては、決して隠すことが不可能で、
アカシックか何か分かりませんが、漏れなく消えることが無いことを確信しました。

そして「思い」の力が、肉体に劇的な影響をもたらすことを…




その後、NYでの平穏な日々が戻ってきました。

世界中、各地で、毎週サイ・センターと呼ばれる所で、スワミの帰依者によるミーティングがあります。
そういう場所に行くのは好きではなかったので、行こうと思ったこともありませんでした。

しかし、家内が
「あなたは、インドでババのお世話になったのだから、お礼の意味で行きなさい。でも、必ず一番右側の後ろに座るのよ」
と言われました。」

インドでもNYでも男女は必ず別のブロックに座る事になっていて、確かに男性は右側のブロックでした。
そして、その会場に着いたときは、ほぼ満席で、右側の一番後ろの席のみがわたしを待つように空いていました…
しかし、その時は何故にその場所に座らなければいけないのか、意味が分かりませんでした。



また、別の時には、
ババからのメッセージとして、
「もう一回、サイセンターに行きなさい。今度は一番前に座ること」
と言われ、素直に指示に従いました。

しかし前の方は当然、常連の偉い方たちが座っていて、私のような見知らぬものが占める場所ではありません。
それでもその場所に行った以上、言われたようにするしかありません。

人を掻き分けて一番前に強引に座りました。
後ろからの視線、不信感、違和感…のエネルギーをビシビシと背中に感じます…
それにひたすら耐えていました。


その日は、ゲストスピーカーとして、インドから帰ってきたシカゴの方が、NYの皆の前でスピーチしたいと招かれていました。
そして現れたのは、あのマイケルだったのです。

彼は私の真前、1mくらいの距離で話し始めました。
彼の目はずっとわたしを見たままです。


そして、彼が話してくれた内容は、その時点で自分が抱えていた問題の答えでした…



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シュリ・サティア・サイ・ババとの出会い 5

2008/05/16 Fri

瞑想での体験により、インド滞在中は、ずっとババの近くにいることを決めました。

午前、午後のダルシャンには欠かさず参加する、穏やかで至福の日々の始まり。
毎日、法話を聞きバジャンを唱っている事が楽しくて楽しくて。
―何がそんなに楽しいのか解らないまま、時が過ぎていきます。

そんな間にも日々、様々な奇跡が起こり続けていました。
一般には物質化ばかりが強調されますが、ババの登場と共に急に天候が変わったり、大雨なのにアシュラムの辺りだけが全く降っていなかったり…
毎日毎日が、全く違うパターンの不思議に満ちていました。

何がそんなに楽しいのかと、現地で会ったスワミと無縁の人間に聞かれると、
「ローリング・ストーンズやスティービー・ワンダーのコンサート以上のエンターテインメントなんだ」
~と答えても、当然ながら ??? の反応でした。



しかし如何なる不思議現象以上に素晴らしかったのは、其処に滞在していた人々の表情がどんどん変わっていくことでした。

初日に、近くにいたオランダ人のグループの一人が、私を見て
「こんな所に中国人がいるぜ」
と侮蔑的なことを言っていたトゲトゲオーラのオヤジがいました。
そんな彼も、日に日に優しい表情になり、1週間も経つと別人のように友好的な人間になっていたり…

その他、色々。



そういう自分自身も、ババに会う前、一緒のホテルに滞在していたスウェーデン人に、
「あなたは幸せ?」と聞かれた時、わたしは答えられませんでした。
幸せも何も…自分ではそんな事を考えてもいなかったので、虚を突かれた感じだったのです。



そんな、ある日の夕方、村はずれを散歩していると、まるで空中に浮かんでいるように見える、石と土で出来た階段が見えてきました。

呆然としました。

そうです。
マイトレーヤが出てきた、あの夢の、あの場所です。
その階段に見える背景は、遥か遠くの山並みだったので、確かに空中に浮いているように見えるのでした。

30段くらいの階段を何度も上り下りしました。
夕暮れのことで、周囲を誰も人が歩いていません。
その階段の一番上に座り、暫くボーッとしていました。

結局、誰を見かけることもなく、何も起こりませんでした…



滞在中は様々な出会いがありました。

シカゴから来たマイケル・マッカーティは、ババの帰依者の中では中々の有名人で、ヴィデオにも何本か出ています。
彼とは初めて会った時から仲良しになりました。

彼がインドに来た経緯を話してくれました。
シカゴにいる時、スワミが夢に出てきて、「私の所に来なさい」と言ったとの事。
マイケルは「行きたくても旅費がありません」、と答えるとスワミは、
「宝くじを買いなさい」と言ったというのです。

「それで、どうなったの?当たったのかい?」と私が聞くと、
"That's how I'm here !"(そうやって、ここに来たのさ!)
―と、事も無げな返事でした。

(´д`)


もう一つの出会い、それは、その2年位前にNY発で、旅を続けていた日本人の友との再会。

彼からは時々オーストラリア、ヴェトナム、タイなどから絵葉書が届いていました。
最後の葉書は、わたしの憧れの地―チベットの聖山カイラスから。

流れからして次はインドだな…と想像していました。

それは私が旅に出る半年くらい前だったので、同じインドなら会えるかも…なんて脳天気なことを考えていたのです。

わたしがいたのは南インドの山奥の小さな村。
インドは亜大陸と言われるほどの広大な地です。
それが、あろうことか、その村外れ…待ち合わせしようとしても、中々会えないような所でバッタリと出くわしたのです!

更に驚きなのは、そんな再会をした二人の第一声は、

「やっぱり会ったね」でした…


その時が、人生に偶然など無く、全ては必然~という思いが確信に変わった瞬間でした。




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シュリ・サティア・サイ・ババとの出会い 4

2008/05/13 Tue

ババに凝視められた、その日の夜の瞑想。



どうしてもババの目が意識から離れません。

足を蓮華座に組み、瞑想を始めました。

アージニャーチャクラ(第3の目)にババの目を観想。
(ーというか、目を閉じると現れてきた感じ))


暫く意識を集中していると、花火が爆発したような光の洪水になりました。

その光に身体が包まれて…というか、自分の身体が光になったような……


身体が小刻みにブルブルと小刻みに振動し、暫くその状態が続きました。
涙がボロボロに出ているのを感じます。


その時、それまでに、ああだこうだと思い悩んでいたり、答を探していた筈の色々な事が全て消えていることに気が付きました。

自分の内に答えがある―というよりも、自分自身が答でした。





恐らく数分間、そんな状態が続きました。

すると自分と何人かの人間が共に、扇形になってババを囲むようにして、座っている光景が現れました。
その中には、先にNYに帰った家内や、さかちゃん他、身近な友が5人(?)いました。

一人ひとりを意識するとその瞬間、顔が目の真前に現れるのです。
(もちろん、目は閉じたままですが…)
皆が良かったねという顔をして、ニコニコと笑いながら。

その時、この人たちが、自分をこの場所へ送り込むために、力を合わせてくれていたことに初めて気がつきました。
 
感謝の気持ちと、喜びと、申し訳なさでまた涙、涙…






昨日、偶々(というべきか…)あるマイミクさんのページで、

「悟ることは簡単だが維持するのは難しい」というガンジーの言葉(?)に出会いました。


あの瞬間、自分は確かに「悟り」らしきものに近いところにいたのかも知れません。

しかし現在は、唯の凡夫の一人です…


(*´Д`)



もし、あなたに神を欲する真摯な思いがあれば、
神は自らあなたの所に行って話をします。
  
   ―バガヴァン・シュリ・サティア・サイ・ババ



(まだ続く…)


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シュリ・サティア・サイ・ババとの出会い 3

2008/05/11 Sun

インドに行く半年くらい前に、NYで、ある人間と劇的な出会いをしました。

非常に霊体験が豊富で、自分は頭が狂っているんじゃないかと思っているので、そんなことはないと、是非とも説明して欲しい

~と、わたしが一緒に働いていた、彼の弟分のような存在に引き合わされたのです。


初対面なのに初っ端からひどい口論になりました。
何てヘンなやつを連れてきたんだ、全く話がかみ合わないじゃないか…

そう思い始めたとき、話題をフッと変えました。

「来年、いったん仕事を辞めてインドに…」
と言いかけたとき、
彼の視線が私の頭頂に向きました。

次の言葉は「…サイ・ババ」になる筈でした。
―というか、サイ・ババという言葉が浮かんだ瞬間でした。

その時点では、わたしは殆どスワミに関する知識、情報もなく何等、特別な思い入れもありませんでした。
物質化現象という伝聞のみ先行していて、頭にターバンかなんか巻いている、インド大魔術団
~みたいなイメージを持っていたくらいですから…(汗)

しかしその言葉を発しようとした瞬間、自分の頭から風が吹き上がるような、エネルギーが上昇する感覚がありました。

正にその瞬間、その場所に彼の視線が飛んできたのです。

そして、何ということか、今まで激しく言い争っていたのが一転、
急に何十年来の友人のように話が弾みだしました…



彼は「その時」に2つの数字が見えたと言い、何か心当たりがあるかと聞かれました。
一つはインドに旅立つ予定の月のようで、もうひとつは見当が付かないまま…


その後、タクシーに乗って別々に帰る際、車の中から手を振っていると、まるで肉親との今生の別れみたいに、涙がポロポロ出ました。

何で、そうなるの~?
自分でも理由が解りませんでした。
また直ぐにでも会えるのに…


そして実際に、彼とは頻繁に会うようになりました。
そして、危険なエリアを一緒に歩いていた、ある夜中、ある瞬間、

不意に、「この一歩一歩がどんな道のりであれ、確実にババに近付いている」

―などという言葉が頭に浮かび、
何でそんなことを考えているのだろうと、自分でもわけが解からぬ思いでした。


その頃、インドが舞台らしき明晰夢をいくつか視ました。

石と土で出来た、まるで空中に浮かんでいるような階段。
そこを黒い肌の人たちが上り下りしています。
わたしがそこを上っていくと、上から両脇の従者と共に、光り輝く菩薩のような方が降りてきます。
すれ違う時に、

「あなたのお名前は?」

と聞くと、

「私の名はマイトレーヤ」

と言いました。

その次の瞬間、あろうことか、その高貴な方とまぐわっているイメージが視えました。


とても冒涜的に思え、この話はしても、最後の部分は長いこと、誰にも言えなかったのですが…


(続く)



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シュリ・サティア・サイ・ババとの出会い 2

2008/05/10 Sat

わたしは辛うじて人のオーラが少し視える程度で、何の霊能もありません。
しかしスワミの仏像オーラがj尋常なものではないことは感じました。

それでも、矢張り只者ではないな…と思ったくらいです。
あと何日滞在し、他の聖地に移動しようかなどと、ホテルで計画を練っていました。


その翌日の午前中、片道数キロの坂道と湖畔の清清しい道を辿り、2回目のダルシャンに行きました。
皆が座っているところをスワミは歩き回り、手紙を受け取ったり、話しを聞いたりする合間に、ヴィブーティと呼ばれる聖灰を物質化したりします。
その後はバジャンと呼ばれる、神を讃える聖なる歌を皆で合唱。
―何もかもが新鮮で、唯々、見よう見まねでセッションが終了しました。


その日は何かの特例で、スワミがダルシャンの終了後、表に出てこられました。
湖を回って周囲の波動を清めるとかいう噂でした。


スワミがアシュラムの外に出てきた時、2mくらいの距離で数秒間、眼が合いました…




その眼は「よく来たね」とも…

「おまえのことを知っている」とか

「愛しているよ」…とも、

その他、色々…


眼は口ほどに~どころではありません。


全く言葉で表現することは不可能なのですが、喩えて言うならば、

今まで32kbps位の通信スピードだったのが、メガ、ギガを通り越しテラバイトの世界になったような・・・・

とにかく膨大な情報が一気に流れ込んだ感じで、暫く朦朧としていました。

雷に打たれたような~という表現は、実際あんな感じかもしれません。


その日の午後は何事も無かったかのように3回目のダルシャンへ…

最初に泊まったホテルが余りにひどかったので、2日目にして現地で仲良くなったインド人のおっさんの案内で快適なロッジに移動。

夜には2晩続けて同じチベットレストランへ。
日本人が珍しいようでとても友好的な雰囲気。
(結局そこへは3週間毎晩通いました…)

突然、浴びるほど飲んでいたビールが美味しくないので止め、当時大好きだった肉も食べたくなくなりました。
そんな日が自分に来るなんて、その時分には唯々驚きでした。

宿替えした、高台にあるロッジで夜中、瞑想を始めました。
瞑想に入ると、その日の朝の出来事が強く思い出されました…



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シュリ・サティア・サイ・ババとの出会い 1

2008/05/09 Fri

ある方から突然のメッセージをいただきました。

返信を書き始めたところ、これはとても長そうなものになる、
ということと、いつか日記という形でアップしたかった内容なので、
ご本人の了承の上で、個人的なストーリーをシェアしていただき、
公開書簡という形で、ここに書かせていただくことに致しました。



差出人 : ******

日 付 : 2008年05月04日 23時06分
件 名 : はじめまして


>*******さん

はじめまして


>神を知る方(悟っている方?)を探している内、
>さんかるぱさんを発見しました。
>自分が神がようやくわかったようなわからないような
>状態で探すもなにもないのですが・・。


わたしが「神を知る方(悟っている方?)」では、到底あり得ませんが、お問い合わせていただいたことについて書かせていただきます。


>ところで、今回、メールをお送りしましたのは、
>唐突で申し訳ないのですが、
>さんかるぱさんがスワミからの直接の具体的指示で
>NYから大阪に移られた・・というところを少し詳しく
>お伺いしたかったのです。


ご説明するには長い話になります。

私が日本に帰国したのが1992年。
それに先立つ3年前の、1989年にインドに行きました。

当時の私の家内は霊能者(というよりも覚者)でした。

NYより日本、香港を経由した際、彼女はババの夢を見ました。

「お前は来るな。一人で来させろ」
ババが夢の中で仰ったそうです。
そして彼女は一人でNYに帰っていきました。

「あなたの前にはお花で敷き詰められた道が広がっている」という言葉を残して…

元々単独で行動したかった(恐らくはエゴの故に…)わたしは喜び勇んで単身、インドに向かいました。




ババに関しては帰依者どころか、本を数冊読みヴィデオを観ただけで、物見遊山のような気分でした。
当初、ババは、5週間の滞在予定の第一目標ではありましたが、最終目標ではなかったのです。
ババの姿を拝んだ後はバラナシや北のリシケシなどに足を伸ばそうかと考えていました。


旅行(巡礼?)に先立ち、様々な明晰夢や物質化が起こりました。
しかしNYでの日常は、多くの不思議に満ちていたため、それを特別なこととも思わない下地があったのです。


ひとつだけ不思議なことをご紹介します。

NYのアパート、夜中に隣の部屋で、ポンッと小さな音が聞こえました。
家内が覗いてみると、テーブルの上に一本の縮れた長い髪の毛を1本発見。
うちに出入りする人間の誰のものとも違う髪の毛でした。
それを見ると、紫色というかラピスの光を放っていました。

家内は躊躇うことなく、
「それはババのものだから取っておきなさい」と私に言いました。

それをお守り代わりに封筒に入れ、インドに向かう荷物の中に入れておきました。
香港で、必要なものだけ持っていくために荷物の整理をしていた時、封筒の中を確認したところ何も入っていませんでした。
現れたときと同じように、いつの間にか消滅していたのです…


インドでは、ありがちな、様々な紆余曲折の後、ボンベイ(現ムンバイ)、バンガロールを経、コダイカナルという所に着いたのが3日後のことでした。

行き当たりばったりに宿を決めた日の午後、スワミが滞在するアシュラムに向かいました。
スワミを間近で見られる、ダルシャン(祝福)と呼ばれる集まりが1日に2回。
―そんなことも現地で初めて知りました。

アシュラムの外の地べたに座って、初めてスワミを遠目で見たとき、身体が強烈なラピス色を発していました。
あの色です…!
そして一旦アシュラムの中に入ってから出てきたとき、スワミの背中に金色に輝く2重の光背が視えました。

―まるで仏像が歩いている! 
そんな感じでした。

  (続く)



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プロフィール

さんかるぱ

Author:さんかるぱ
アメリカ在住13年。後、大阪に居を構え広い意味での「癒し」に関わる。

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