>スワミはどのようにさんかるぱさんに指示を
>されたのでしょう?
>スワミはどのような理由でさんかるぱさんに
>大阪に行くように言われたのでしょうか?
>さんかるぱさんはその指示をどう受け取り
>今はどのようにお感じになられますか?
このメッセージに促されて、書き続けた結末は呆気ないものかも知れません。
米国滞在10年目くらいで、永住権を取得しました。
すると、逆に、このままだと一生日本に帰ることができないという思いが強くなってきました。
それまで6〜7年間、フリーマーケットや泥棒市で買い集めてきた、古着、アンティーククローズ、骨董品…などが貸し倉庫に預けるほどの量になっていました。
書籍やレコードも膨大な量です。
何れ、物販、カフェ、そしてパーティースペース的な複合施設を始めるつもりでした。
それが資金を出してくれる筈だった父に企画書をハネラれてしまい、家内が単身、別ルートで調達のため単身日本に帰りました。
勿論のこと、千万単位のお金を簡単に出してくれるところなど、,そうそうありません。
ある日、東京から「これから大阪の○○の所に行く」と電話が来ました。
夢でババが行くように指示したと言うのです。
全く想定外の流れ。
そして友人の○○は、夫婦で大阪の彼の会社に来るのなら、支度金や住む所も用意するということになったのです。
しかしそれは求めることと全く内容が違います。
正直言って論外でした。
ところが、家内がNYに帰ってから、立て続けに2回、空き巣が入りました。
本当に貴重な、金目のものは倉庫に入れず、トランク2つに入れて手元に置いてありました。
それが根こそぎ盗まれてしまったのです…
正直そこで気が抜けてしまいました。
その時点までの様々なメッセージや出来事…
この流れに逆らえる理由は何もありませんでした。
とにかく帰国を急かされるので、わたしが先に単身、未知の土地であった大阪に行くことになりました。
その頃猫が8匹いたので、受け入れられるような住まいの確保などが先発のわたしの使命でした。
友人がどんな仕事をしているのかすら詳しく分かっていないまま、日本に着いた翌日にはT島屋百貨店の売り場に立たされました。
彼は百貨店での催事販売の会社を経営していたのです。
20年近く生やしていた髭も剃るように言われました。
何だか丸裸で新しい世界に飛び込んだようでした。
何が何だか分からないまま、関西弁も分からず、日本のお金を見てもお金に見えず、大体、自分が販売しているものすら良く分からない…という状態でした。
大体「いらっしゃいませ」なんて言ったことすらありませんでした。
押し寄せる人並みを見ている内、フッとババの「多くの知らない人に揉まれて実体験を積みなさい」というメッセージを感じました。
「そして頭でっかちのプライドを捨てなさい」…と。
いつしか大阪に来て16年も経ってしまいました。
そしてこの導き、選択が完璧であったことをわたしは疑ったことがありません。
そんな慌しい状況の中での、殆ど着の身着のままでの家内との別離。
その時は、彼女と今生の別れになるとは思いもしませんでした…
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1987年はハーモニック・コンヴァージェンスの年。
人類の集合意識が破滅ではなく、光明を選択した年と言われます。
そして1989年は個々の魂がどちらに行くのかが決まる年とも言われました。
それらを証明することなど出来はしませんが、あの年にスワミや皆に助けて頂けなければ、
恐らくわたしは闇の世界に転落していたに違いありません。
人間の数だけ学びの種類があります。
わたしの体験は素晴らしい所か、問題児であるが故に、様々な方たちの手を煩わせただけのことです。
普通の人ならば教わらなくても解る様な事を、頑として受け付けない人間だったので、色々と手を尽くしていただいたということだと思います。
お陰様で、今の自分はご先祖様、偉大な神霊たち、そして全ての命に支えられて生かされていることを昔よりは感じることが出来るようになったと思います。
わたし達が「奇蹟」と考えるイメージは様々ですが、わたしは一つのエピソードを思い出します。
ある時、ピカソがジャン・コクトーにこんな事を言ったそうです。
「お風呂の中で溶けてしまわないなんて、正に奇蹟だよ!」―と。
またアインシュタインの言葉―
「人生は2通りの生き方しかない。奇跡など存在しないと考えるか、全てを奇跡と考える生き方である」
神はあなたが
自らの内なる神性を知り、
体験し、実現するために、
この人生を与えたのです。
―バガヴァン・シュリ・サティア・サイババ
世界が愛と平安に満たされますように。
Om Sai Ram.
Om Shanti Shanti Shanti
ご支援よろしくm(_^_)m


