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お盆は逆さ吊りの苦しみ?

2007/08/09 Thu

異説があるものの、8月は葉が落ちる「葉落ち月」が変化して葉月となったようです。

お盆になると地獄の釜のふたが開くと聞かされて育ったわたしはこの時節には特別な思いがありました。
中学のころ、わたしの部屋は元納骨堂の上にあり、頻繁な金縛りに遭っていました。お盆の入りになると何だか、ざわざわと空気の密度が変わるようでとても怖かった事が思い出されます。
学生になって帰省したときでも怖くて家に帰れず、いつも朝帰りが習慣でした。
―それでも来るものはちゃんと来ましたが


元々お盆という言葉の由来はサンスクリット語のullambanam(ウランバナ)に由来するという説、イランのアヴェスタ語に発するウルバン(=魂)という説があります。サンスクリット語の起源を考えるとルーツは同じであると思われます。どちらにしても漢字に表記を写したのが盂蘭盆―つまりお盆です。

このウランバナとは「逆さ吊りにされた苦しみという意味があります。

盂蘭盆会経は初期の釈尊の教えを伝える説話集的性格の強い経典です。
神通力第一といわれた目連(モッガラーナ)が亡き母が霊界のどこにいるのか霊視したところ、何と餓鬼の世界に堕ちて苦しんでいました。

徳の高い母も、托鉢に回る釈尊の弟子たちよりも、わが子可愛さで、息子に多目の食べ物を喜捨してしまったことにより餓鬼道に堕ちてしまったことを釈尊から知らされます。
―霊界は信念体系の世界ですから、母自身が後ろめたい思いを持ちつつ、わが子に手厚くしていたということなのでしょう。

目連は、亡き母が食べさせようとするものがことごとく火に変わり苦しんでいる姿を視て、逆さ吊りされたような苦しみに悶え苦しみました。そこで釈尊に救いを求めたところ、他の修行僧たちに飲食物の供養をするよう言われます。これが施餓鬼の原点となったわけです。

大変な霊力の持ち主であった目連ですら幽界の魂を救う事はできませんでした。釈尊は仏・法・僧(これを真理と言い換えても…)に強く帰依することが我欲を超える手続きとして有効である事を示したのです。
真の心があるところに真の救済が生まれるという事でしょうか。

人の思いというのは非常に強力なものです。別にお盆時に限って霊がたくさんカミングアウトする必要はないのに、シェルドレイクの「形の場」による「形の共鳴」のようなことが起こっているのでしょう。

確かに昔のわたしにとってもお盆は逆さ吊りの苦しみに満ちていたのですが…
( ̄ε ̄;|||・・・

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Author:さんかるぱ
アメリカ在住13年。後、大阪に居を構え広い意味での「癒し」に関わる。

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