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1Q84雑感②

2009/09/23 Wed

「そう、1984年も1Q84年も、原理的には同じ成り立ちのものだ。君が世界を信じなければ、またそこに愛がなければ、すべてはまがい物に過ぎない。どのような世界にあっても、仮説と事実を隔てる線はおおかたの場合目には映らない。その線は心の目で見るしかない」(Book2 p273)


村上春樹はオウム事件に触発されて『1Q84』を構想したといいます。

「普通」の「平凡」な人間が、どのようにしてサリン事件をはじめとした凶悪な事件に関わることになったのか?と。



エルサレムのスピーチの中、

「考えてみてください。我々のうちにははっきりとした、生きている魂があります。システムは魂を持っていません。システムに我々を搾取させてはいけません。システムに生命を任せてはいけません。システムが我々を作ったのではありません。我々がシステムを作ったのです。」

という一節があります。


特定の社会やコミュニティが法律や規則を受け容れるということは、その構成員が意欲的に嘘を聞こうとする現われといえます。

確かにあらゆるリーダーたちは真実に関する誤った理解を提供し、大衆をコントロールするために利用してきました。

しかしそういった指導者やシステムは、そのメンバーたち自身が他のものに責任を転嫁するために、無意識~内側の状態を投影したものであることも事実なのです。

自己責任と言ってしまえば身もフタもありませんが、自分が作り上げたものにコントロールされるという図式は、エゴと真我の関係とも相似形ということになるのでしょうか…



『1Q84』~やはり村上春樹は唯の「嘘の紡ぎ手」ではありません。

青豆、天吾、ふかえり、リトルピープル…村上ワールド全開の登場人物たち。

大小、さまざまなシステムの数々…


「物語」の中で「善」とか「悪」ということがでてきたとしても、そこに作者の価値判断はなく、

「ハッピーエンドか否か」ということにも元々興味がありません。

善も悪も、ハッピーか否か…ということも、全く個人的な問題であることを熟知しているからですね。


氏自身が述べているように「小説は問題の解決を示すというより、問題を提起する」もの。



珍しく2回立て続けに読んだ『1Q84』でしたが、

いまでも「物語」が頭の中で増殖をやめません…



物語の冒頭から流れるヤナーチェックのシンフォニエッタ。

何か良き前触れをというより、どこか取り留めのない不安を煽るような旋律…



ヤナーチェック シンフォニエッタ


しかしエンディングを聴くと、哀しいばかりではない余韻が…

ちょっと希望が垣間見えました

(Book3に続く…?)


Jana'c(ek - 'Sinfonietta' final movement




空に浮かぶ月が1つのままでも、あるいは突然2つになったとしても、

自分が2009年にいるのか200Q年にいるのか、

判断できる保証はどこにもありません…










ワンクリックありがとうございます<(_ _)>









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さんかるぱ

Author:さんかるぱ
アメリカ在住13年。後、大阪に居を構え広い意味での「癒し」に関わる。

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