スポンサーサイト

--/--/-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

真実:相対的か絶対的か

2009/12/07 Mon

思考はうまくいけば真理を指し示すが、決して真理そのものではない。

だから仏教では「月をさす指は月ではない」と言う。

すべての宗教はどれも誤りでありどれも真実で、どちらになるかはどう活用するかで決まる。
エゴの進化に役立てることも、「真理」のために役立てることも可能なのだ。

自分の宗教だけが「真理」だと信じているなら、それはエゴの強化に役立てていることになる。




過去にこだわる


人間がいかに過去を手放せないか、あるいは手放す気はないかを見事に示した禅僧の逸話がある。

担山という禅僧が、友人の僧と一緒に豪雨のあとでひどくぬかるんだ田舎道を歩いていた。
村の近くまで来ると、道を渡ろうとする若い娘に出会ったが、水たまりが深くて着ている着物が汚れそうだった。
担山はすぐに娘を抱き上げて水たまりを渡してやった。

そのあと二人の僧は黙々と歩き続けた。
五時間ほどして、その夜の宿になる寺が見えてきたとき、友人がとうとう黙っていられなくて口を切った。
「あなたはどうしてあの娘を抱き上げて、道を渡してやったのか?」彼はそう言った。
「僧というものは、ああいうことをすべきではないと思うが。」

「私はもうとうに娘を下ろしたのに」
担山は答えた。
「きみはまだ、抱いていたのかね?」

この友人のように暮らし、状況を手放せず、また手放す意志をもたずに、心のなかにどんどん溜め込み積み重ねていたら、どんな人生になるか想像していただきたい。
それがおおかたの人々の人生なのだ。
かれらがこだわって心の中に溜め込んでいる過去という荷物の何と重いことか。




『ニュー・アース』 エックハルト・トールより









ワンクリックありがとうございます<(_ _)>









スポンサーサイト

コメント

Secret

プロフィール

さんかるぱ

Author:さんかるぱ
アメリカ在住13年。後、大阪に居を構え広い意味での「癒し」に関わる。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。