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『2012 人類大転換』 宇宙生命体との交信 坂本政道 著

2007/11/14 Wed

undefinedundefinedundefined坂本氏の『死後体験』シリーズとしては4冊目の著書。

5年ほど前、『死後体験』の読後、個人的な目的もあってCDを購入しヘミシンクを独習し始めました。
初回に黒澤明監督の『夢』の中の一シーンのような、余りに鮮明なイメージがいきなり現れたため、これは楽勝~と、高をくくってしまいました。
ところがそれから1年余り、明晰夢は視るようになったものの、自分の過去生に繋がるような明確なヴィジョンも現れず、体外離脱も、まるで起こりませんでした。(汗)
そして諦めかけた頃、ガイドらしき存在と会ったり、自分が目的としていた過去生の一つにたどり着くことが出来ました。

しかしその間、他のヘミシンク体験者の話を色々とメルマガなどで読むうちに、この方法論でたどり着く世界(次元?)に次第と違和感を持ち始め、スッパリと止めました。
その頃、坂本氏の講演を聞いた後、ご本人と多少の会話を交わした際の印象も多少影響しています…


そういう経緯がありながら、この本を紹介しようと思ったのには理由があります。
坂本氏自身のスキルがアップしたのか、わたしたち全てを取り巻く環境の変化なのか―この著作で述べられる情報、知識が急に違うコンテクストの中でシンクロし始めたように感じたからです。


この著書に先立つ『SUPER LOVE』の中で―

時間も空間も生まれる前のこと、自己認識する存在があった。この「光の球」はまわりを「大いなる未知」で囲まれていた。未知に対して好奇心を抱いた「光の球」はまわりの探索をするために、自分の一部から自己認識するものたちを作り出して、次々とプローブ(探査用の道具)として送り出した。それらは「光の球」から見れば子供のようだ。

ところがそれらはすぐに空中分解してしまった。分解しないように何かを使ってつなぎとめる必要があったが、何がいいのかわからないので、片っ端から自分の一部を接着剤として使い探索に送り出した。
 そうこうするうちに、送り出したプローブのひとつが突然帰ってきた。それは「無条件の愛」を接着剤として使っていた。そのプローブは愛によって固められていたので、「大いなる未知」内を愛を通して見、自分を愛し返すものを探し続けた結果、「光の球」に戻ってきたのだ。そして大きな愛とともに受け入られた。

 「光の球」は意識していなかったが、送り出したプローブはみな「光の球」の持っている「好奇心」を持っていた。このとき以来、プローブはすべて「無条件の愛」を接着剤とし、「好奇心」を持って「大いなる未知」の探索に送り出された。そして「光の球」に帰還するときに大いなる愛という報酬を受けることになった。
 送り出されたプローブたちは「光の球」をコピーして、自分の一部から自己認識するプローブをいくつも作り出し、まわりへ探索に送り出した。これらは「光の球」から見れば孫のようなものだ。孫たちもまたこの方法をコピーした。それが繰り返され、孫、ひ孫・・・・・といくつものレベルのプローブが作り出され、「大いなる未知」が探索されていった。われわれ人間は「光の球」から見ると13とか14代目のレベルに位置する。I・Tはそのひとつ上、I・Tクラスターはその上、I・Tスーパークラスターはまたひとつ上である。

(註) I・Tとはロバート・モンローが名づけた、 I ・ There - 「向こうの世界の自分」の略。

 これはまるでヴェーダを読んでいるような感じ。ちょっと表現法が違うだけで。
そして坂本氏はこの新著でこんなことを述べています。


 創造の源は私のI・Tより12オクターブ上にあると言う。1オクターブはフォーカスで言うと7レベルに相当するので、84レベル上ということになる。I・Tは35レベルにあるから、創造の源は119にあることになる。
 私が交信した相手は創造の源より3オクターブか4オクターブ下の存在ということになる。それでもフォーカス98か91ということになる。


(註)ロバート・モンローが言うところの「ミラノンの意識の階梯」によると― 
  フォーカス1~7は植物、8~14は動物、15~21は人間。
22~28は死んだ人間の意識レベルとされます。
  7は一つのオクターブ、「次元」と相当します。
  35は5番目の次元を表し、人間を卒業するレベル。ここにI・Tが存在する。
  すると、フォーカス119とは17次元というべきなのか…


 この存在とクラスター・カウンシルの両方に言われたが、私が無条件の愛を受け取るのは、「すべてを任せること」が肝心だとのことだ。言われたことは言葉に訳すとこうなったが、実際に得た情報は、もっと大きい。いろいろなことがいっしょくたになっていた。
「あるがままに、自然にあるべき姿になる」とか、「さまざまな縛りのたがが解(ほどけ)て、本来の自分の姿になる」というニュアンスも入っていた。そのあるがままの本来の自分が、それがそのまま向こうの生命エネルギーの本来の発現、現れである、ということも含まれていた。自分のまわりにがんじがらめのたががあって、それがゆるみ、解かれると、中に純白に輝く命そのものの球体があって、それが生命エネルギーの本体と直結している、そういうイメージだ。すべてを任せられれば、たがが解ける。あるいはたがが解ければ、すべてが任せられる、というか2つのことが同時に起こるのだ。たがが解けるのと、すべてを任せられるのが同時なのだ。


 坂本氏が言うところの「創造の源」=神(?)まで遥かな距離を感じるのか、なあ~んだ、そんなものかと感じるのかは個人の判断でしょう。

アストラル界(4次元)上層であるフォーカス27から、輪廻を超えた世界であるフォーカス35まではどんどんバイパスが出来ているのだそうです。それはこれから地球上で多くの魂が肉体を捨てるための準備であるとのこと…

プレアデス、シリウス、アークチュルス、オリオン星系…探索の話なども、かなり示唆があり楽しく読めました。

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コメント

Secret

ヘミシンクの効用は、実に合理的に悟り(?)の道を歩ませるという方法論なのでしょう。

(?)付きは、果たしてこれが悟り、という意味合いはありますが。

偉大なる悟りに向かうための、釈迦の「八正道」は、簡単な教えのようにも思えるが、実は大変な修行方法です。

例えば、「正思」一つ取ってみても、心の中で思っている事柄の日々の精査や、瞬時の感情の統御の難しさは並大抵なものではないでしょう。

しかし、悟りがヘミシンクという、ある種の他力的ツールを用いて、悟りの門前に立ち、その(幸福の)道を歩ませるというのも、現代という進化(アセンション)が約束された時代だからなのでしょうか。

これも神(宇宙存在?)の許しとして、慈悲として与えられているなら、そのツールを用いない手はないでしょうね。

仏教に自力門(禅宗や密教系)、他力門(浄土系)があるならば、おそらく、ヘミシンクも一種の他力的要素が強いように思えます。

悟りは自他力の中で始まる。私はそう思っているのですが・・・

ただ、まさか、こういう器具(ヘミシンク)を用いて、悟りに向かわせる、そういう道があるとは、現代的な悟り感覚として、実に面白い時代になったものだと思うです。
これも時代要請なら、私もトライしてみようか・・・うーん、しないでしょうね(笑)。

さんかるばさん、いつも素晴らしいテーマを提起して頂き、大いなる学びになります。

それと、タチ・レン(太刀蓮)の『ライトボディの目覚め』実に面白いですね。
偉大なる光の"猫族"、これ知っています。傍に居るのです(笑)、だから、良く分かるのです(笑)。

コメントありがとうございますm(_^_)m

I have a dreamさん

コメントしようがない位、I have a dreamさんと同じ考えでございます。
ヘミシンクについても釈尊の八正道についても。

確かに釈尊は「正思」を一番重んじていたそうです。
それが成されたら他の行動全てを律することができますから。
―そして、それこそが大変な修行なのですね。

>それと、タチ・レン(太刀蓮)の『ライトボディの目覚め』実に面白いですね。
>偉大なる光の"猫族"、これ知っています。傍に居るのです(笑)、だから、良く分かる

のです(笑)。

猫族はシリウスからのエネルギーを仲介すると、ドランヴァロ・メルキゼデクが『フラワ

ー・オブ・ライフ』の中で言っていました。
それどころか一部の猫は宇宙存在そのものと仰る方もいます。
わたしも猫族大好き! 萌え萌え~です。
(=^▽^=)

プロフィール

さんかるぱ

Author:さんかるぱ
アメリカ在住13年。後、大阪に居を構え広い意味での「癒し」に関わる。

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