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感謝する人々②

2008/02/08 Fri

18年前インドである人物にお会いしました。
Rさんということにしておきます。

当時30歳くらいの方で、日本から何人か一緒に巡礼の旅に来ていました。
当時わたしはNY在住。
彼らのトラブルがある度、通訳とかしているうち、急速に仲良くなりました。


Rさんは、どういう理由か忘れましたが高校のとき不登校になりました。
学校に行く振りをして、当てもなくあちこちと彷徨っていたそうです。

そんなある日、和歌山の海岸近くを歩いていて、ある尼さんに声をかけられました。
それを機会に色々と人生のアドヴァイスをいただくようになったようです。

立ち直って何とか高校も卒業し、大学に行く前の春休みのこと。
一週間(10日だったか…)お堂にこもってみるように、その庵主さんから言われました。

軽い気持ちで、お堂にこもる日がやってきました。
その時、庵主さんから懐剣を渡され、
「途中で出るときは生きて出られないものと思いなさい」と言い渡されたそうです。

これは大変なことになったと思ったものの、もう後には引けません…


内観ということでしょう。
一日中、ひたすら、それまでの人生を振り返るよう言われました。
Rさんはそれまでの自分がどれだけ身勝手で、両親や周囲の人間を傷つけてきたかが解り後悔し、朝から晩まで泣き続けたそうです。

「朝から晩まで考えて考えて泣き続けて、4日目くらいには、もう何も考えられなくなり涙も涸れてしまいました」
―そう言いました。
経験がないのでわたしには想像のつかない世界です。


ある種の無感覚で空っぽの状態が続き、翌日にはお堂を出られるという日がやっと来ました。
1日2回、食事をお堂に持ってきてくださる庵主さんとの会話以外、外界と隔絶した日々も終わりです。

最後の食事をしようとした時、Rさんの目はお椀に入ったご飯に釘付けになりました。

「このお米の一粒一粒が何十万、何百万年もの命をつないで今、自分に食べられるために目の前にある」

―そう感じた瞬間、深い深い感謝の念が沸き起こりました。
涸れたはずの涙がどこから出てくるのか
…次から次から止まらなくなったそうです。

長いこと嗚咽していました。
するとお堂に安置してあった小さな観音像が光り始めたのです。


彼はその光と一体になり、歓喜に包まれました…


食事のあと庵主さんにそのことを話しました。
すると―

「あんたは観音さんのご慈悲でお悟りを得たのだから、あと1週間お礼にお堂にこもりなさい」

―そう言われました。


   (|||_|||)



この話をその後、何人かの人に話す度、自分も何だかウルウルとしてしまいました。
   (ρ_-)o
こんな文章で伝え切れているとは思えません。

わたしは、一物に真の感謝を持ったならば、万物に対する感謝も生まれるのだと教えていただきました。


    生かしていただいてありがとうございます。
      
           m(_^_)m



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Author:さんかるぱ
アメリカ在住13年。後、大阪に居を構え広い意味での「癒し」に関わる。

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