最初の地、コダイカナルにいる時は、スワミに手紙を渡したり、御足を礼拝するパッド・ナマスカールも毎日のようにできました。
次に移動したウッタカモンド(ウッティ)という所では、インタヴューにも呼ばれ、スワミに直接お話もしていただきました。
(その内容については書けませんが…)
そして精神状態はハイの極致―ピーク体験が持続した状態のまま、香港、日本を経由しNYに帰還。
しかし、インドを出て、ちょうど7日を過ぎた時、急速な心の落ち込みに襲われました。
それは、天国からいきなり地獄に落とされたような苦しみ…
肉体的にも自分の丹田(第チャクラ)辺りに激痛が走り、孔でも開いているような感じ。
そしてそこから黒いプラーナ(?)のようなエネルギーが出ています。
そんな苦しみの最中、家内にババからのメッセージがあると言われました。
「あなたはババの所で奉仕活動をしている時、しんどくて途中から嫌になって来た。それをあなたは理屈をつけて自分を正当化しようとした。それを思い出しなさい。その気持ちの歪みが、悪いエネルギーを作り始めた…」
何よりも驚いたのは、指摘された、そのインドでのことは、わたし自身の内面の問題で、誰にも話したことが無いことだったのです。
確かにババの所で、ダルシャンの合間の奉仕活動は最初ルンルン気分でした。
聖者の所で徳を積めるとは、何て幸せなんだろうと。
(その考え自体が間違いなのですが…)
ところが、土方仕事のようなきつい労働が毎日続く内、肉体的にかなり辛くなってきました。
そんな折、作業中に足に怪我をしてしまいました。
大した傷ではなかったのですが、サンダル履きなので破傷風が怖いし、怪我をしたのは、スワミが少し休んでもいいよというメッセージなのだと、勝手に解釈していました。
―しかし、そう指摘されてみると確かに、その時の自分には後ろめたさがあったのです。
誰にも話したことの無い自分の過去の内面の動きを、明確に、他の人間から指摘されたら、どう感じるでしょうか?
―変な言い方ですが、わたしは、唯々降参しました。
もう信じるとか信じないとか…シャレで済む世界ではありませんでした。
「思い」の全ては、決して隠すことが不可能で、
アカシックか何か分かりませんが、漏れなく消えることが無いことを確信しました。
そして「思い」の力が、肉体に劇的な影響をもたらすことを…
その後、NYでの平穏な日々が戻ってきました。
世界中、各地で、毎週サイ・センターと呼ばれる所で、スワミの帰依者によるミーティングがあります。
そういう場所に行くのは好きではなかったので、行こうと思ったこともありませんでした。
しかし、家内が
「あなたは、インドでババのお世話になったのだから、お礼の意味で行きなさい。でも、必ず一番右側の後ろに座るのよ」
と言われました。」
インドでもNYでも男女は必ず別のブロックに座る事になっていて、確かに男性は右側のブロックでした。
そして、その会場に着いたときは、ほぼ満席で、右側の一番後ろの席のみがわたしを待つように空いていました…
しかし、その時は何故にその場所に座らなければいけないのか、意味が分かりませんでした。
また、別の時には、
ババからのメッセージとして、
「もう一回、サイセンターに行きなさい。今度は一番前に座ること」
と言われ、素直に指示に従いました。
しかし前の方は当然、常連の偉い方たちが座っていて、私のような見知らぬものが占める場所ではありません。
それでもその場所に行った以上、言われたようにするしかありません。
人を掻き分けて一番前に強引に座りました。
後ろからの視線、不信感、違和感…のエネルギーをビシビシと背中に感じます…
それにひたすら耐えていました。
その日は、ゲストスピーカーとして、インドから帰ってきたシカゴの方が、NYの皆の前でスピーチしたいと招かれていました。
そして現れたのは、あのマイケルだったのです。
彼は私の真前、1mくらいの距離で話し始めました。
彼の目はずっとわたしを見たままです。
そして、彼が話してくれた内容は、その時点で自分が抱えていた問題の答えでした…
ご支援よろしくm(_^_)m
次に移動したウッタカモンド(ウッティ)という所では、インタヴューにも呼ばれ、スワミに直接お話もしていただきました。
(その内容については書けませんが…)
そして精神状態はハイの極致―ピーク体験が持続した状態のまま、香港、日本を経由しNYに帰還。
しかし、インドを出て、ちょうど7日を過ぎた時、急速な心の落ち込みに襲われました。
それは、天国からいきなり地獄に落とされたような苦しみ…
肉体的にも自分の丹田(第チャクラ)辺りに激痛が走り、孔でも開いているような感じ。
そしてそこから黒いプラーナ(?)のようなエネルギーが出ています。
そんな苦しみの最中、家内にババからのメッセージがあると言われました。
「あなたはババの所で奉仕活動をしている時、しんどくて途中から嫌になって来た。それをあなたは理屈をつけて自分を正当化しようとした。それを思い出しなさい。その気持ちの歪みが、悪いエネルギーを作り始めた…」
何よりも驚いたのは、指摘された、そのインドでのことは、わたし自身の内面の問題で、誰にも話したことが無いことだったのです。
確かにババの所で、ダルシャンの合間の奉仕活動は最初ルンルン気分でした。
聖者の所で徳を積めるとは、何て幸せなんだろうと。
(その考え自体が間違いなのですが…)
ところが、土方仕事のようなきつい労働が毎日続く内、肉体的にかなり辛くなってきました。
そんな折、作業中に足に怪我をしてしまいました。
大した傷ではなかったのですが、サンダル履きなので破傷風が怖いし、怪我をしたのは、スワミが少し休んでもいいよというメッセージなのだと、勝手に解釈していました。
―しかし、そう指摘されてみると確かに、その時の自分には後ろめたさがあったのです。
誰にも話したことの無い自分の過去の内面の動きを、明確に、他の人間から指摘されたら、どう感じるでしょうか?
―変な言い方ですが、わたしは、唯々降参しました。
もう信じるとか信じないとか…シャレで済む世界ではありませんでした。
「思い」の全ては、決して隠すことが不可能で、
アカシックか何か分かりませんが、漏れなく消えることが無いことを確信しました。
そして「思い」の力が、肉体に劇的な影響をもたらすことを…
その後、NYでの平穏な日々が戻ってきました。
世界中、各地で、毎週サイ・センターと呼ばれる所で、スワミの帰依者によるミーティングがあります。
そういう場所に行くのは好きではなかったので、行こうと思ったこともありませんでした。
しかし、家内が
「あなたは、インドでババのお世話になったのだから、お礼の意味で行きなさい。でも、必ず一番右側の後ろに座るのよ」
と言われました。」
インドでもNYでも男女は必ず別のブロックに座る事になっていて、確かに男性は右側のブロックでした。
そして、その会場に着いたときは、ほぼ満席で、右側の一番後ろの席のみがわたしを待つように空いていました…
しかし、その時は何故にその場所に座らなければいけないのか、意味が分かりませんでした。
また、別の時には、
ババからのメッセージとして、
「もう一回、サイセンターに行きなさい。今度は一番前に座ること」
と言われ、素直に指示に従いました。
しかし前の方は当然、常連の偉い方たちが座っていて、私のような見知らぬものが占める場所ではありません。
それでもその場所に行った以上、言われたようにするしかありません。
人を掻き分けて一番前に強引に座りました。
後ろからの視線、不信感、違和感…のエネルギーをビシビシと背中に感じます…
それにひたすら耐えていました。
その日は、ゲストスピーカーとして、インドから帰ってきたシカゴの方が、NYの皆の前でスピーチしたいと招かれていました。
そして現れたのは、あのマイケルだったのです。
彼は私の真前、1mくらいの距離で話し始めました。
彼の目はずっとわたしを見たままです。
そして、彼が話してくれた内容は、その時点で自分が抱えていた問題の答えでした…
ご支援よろしくm(_^_)m


