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あるワーク~沈黙の行

2009/01/16 Fri

『奇跡のコース』(A Course in Miracle)という、キリストの言葉をチャネリングした著作をご存知でしょうか?
日本では未訳ですが、ゲイリー・R・レナードの『神の使者』『不死というあなたの現実』という二つのベストセラー本で、近年、知名度が上がっているものと思います。

以下は、NYで女優をしながら『奇跡のコース』のワークを実践している、素敵な方の「修行」についてのコメントです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇



 コースのワークそのものとは違いますが、私にとってはかなり効果のあったワークがあります。



 多くの宗教の修行で「沈黙」というのがあります。

 この類の修行中、修行者は本当に何も言ってはいけないらしいですね。
 たとえば道に迷って困っている人に道を聞かれた時でさえ、答えてはいけない。
 (私が道を聞いた人だとしたら、キレると思いますが。。。)


 
 
 このワークではそこまではしません。

 ただ、「これだけは言わなきゃ!!」と心が騒ぐことだけを、「言わない」んです。

 「これだけは言わなきゃ!!」と、心が騒ぐ時、私たちは不安の中に居ます。
 「なんとかしなきゃ!」私の「平和」や「良しとするもの」「こうあるべきもの」が脅かされる状態です。

 こういうときにそれを「言わない」という選択は、簡単ではありません。


 そんな時の私は「私がこれを言うこと」に、力があると信じています。
 物事を変えたり、動かす力、つまりコントロールする力が。

 「これだけは言わなきゃ!」は「私がコントロールしなきゃ!」です。

 「私がコントロールしなきゃ。神様なんかには任せていられない。聖霊にはできないだろう。」です。


 「これだけは言わなきゃ!」を「言わない」という事は、自分は一歩退いて、聖霊に任せるということです。




 最初、これをしようとすると心が大騒ぎをします。

 でも、やると決めたら、やるしかないので「言う」をしません。

 この状態でいると、自分の中の見たくないもの、認めたくないものがだんだん湧き出てきます。

 「コントロールしたいものがある」ということは、
 「自分の中にこんな不安があったからなのか。」 
 「こんなコンプレックスがあったからなのか。」
 「こんなことを恐れているからなのか。」
というものが、出てきます。



 これが原因だったのなら、「言う」をしても仕方が無いんだなということに気付きます。
 
 私はこれで、今までに何度も泣きました。

 絶望を感じました。

 ヒステリックにもなりました。





 そこでやっと、「救われたい」と、心の底から思うことができました。


 私の願いが「この状況をコントロールすること」から、「私が救われること」に変わります。



 「コントロール」に意識が行っているとき、「この物語の主役」は自分以外の誰かでした。
その人が「変わる」ことが重要でした。


 「私が救われること」に意識が戻ると、主役は「私」です。


 私たちが聖霊に祈る時、聖霊に届く主語は 「I」 だけです。
 他人を「変えてくれ」「救ってくれ」とは頼めません。

 でももう、他人を救ってもらう必要はありません。

 救われたいのは私だったのですから。


 

 祈りは必ず聞き届けられます。

 「これだけは言わなきゃ!」といきり立ったことが、結局は癒しと奇跡を体験するきっかけだったことになります。
 私がそうすると決めたからです。

 

 このあと、「これだけは言わなきゃ!」と思っていた状況がどんな変容を遂げるのか、あるいは遂げないのかは、もう私の問題ではなくなります。





 
 

 それと、このワークを何度かやって気付いたのですが。。。

 最初に「コースのワークそのものとは違いますが」と書きましたが、でも、これってコースのワークと全く同じことですよね。




 興味のある方はお試しを。









ご支援よろしく<(_ _)>












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さんかるぱ

Author:さんかるぱ
アメリカ在住13年。後、大阪に居を構え広い意味での「癒し」に関わる。

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